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2011年6月27日月曜日

緊急分析:日本半導体の大逆転の戦略『織田信長の桶狭間の戦い』から学ぶ

日本半導体の最後の戦いは、『桶狭間の戦い』から学ぶべきであろう。
一見無謀に見えるがこの勝利の背景は、インテリジェンスと戦略である。

※関連記事:桶狭間の戦い
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%B6%E7%8B%AD%E9%96%93%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

筆者が言いたい事は、この個人のブログに書かれている。
特に、赤と青の文字の部分である。

【個人のブログよりの抜粋】
桶狭間の戦い 情報で勝った織田信長
http://zavieru.blog77.fc2.com/blog-entry-64.html
天下統一を目指して京都への進軍を始めた今川義元。
たえず争いが絶えなかった織田家に終止符を打つべく2万5千の大軍を
引きつれ尾張へ進行した。
戦力に格段の差があり、織田軍が敗れるの時間の問題であった。
そこへ「今川軍勢が田楽挟間で昼食をとっている」という知らせがあった。
その知らせを聞いた信長はいちかばちかの奇襲作戦に出た。
今川軍2万5千に対して、信長は1千の兵を自ら率いて密かに進軍し、
田楽挟間を見下ろす太子ヶ根から一気に突撃を開始した。
不意打ちを食らった今川軍は混乱し義元の首はわずかな時間で織田軍に
とられてしまった。
歴史上最も華々しい逆転劇と言われたとても有名な戦いです。

信長はこの戦いで、義元の首をとった家来よりも、義元が田楽挟間で
昼食に入ったという知らせをした梁田政綱にたくさん褒美を与えました。
2万5千と1千。この差を覆したのはたった”一つの情報”です。
これを現代社会に置き換えると、小さな会社が情報を武器に大きな会社を
打ち負かしたことになると思います。
また、その情報を信じ、奇襲作戦に出た信長は現代の社会では
名経営者になっていたと思います。
今も昔も情報の量は違えど、重要さは変わらないということを
しみじみ思いました。