シリーズ2:日本半導体産業復活のソリューションと警鐘 ➀

▮イマジネーションがイノベーションを創出する
今日のブログに記載したSiCの記事は、過去に筆者がEE TIMS JAPAN2007.5月号のAnalyst Viewに投稿した原稿である。
これを戦略の基本とし、、日本政府・研究機関・大学や産業界などへのSiCの啓蒙やロビー活動などを実際行って来た。
2007年上半期の時点で、米国政府は「SiCを必ず戦略物資指定」をしてくると見ていたが、2010年に当社(AGD)予測が現実となった。
2010年5月19日の経済産業省の発表では、同省の主導で、異業種参加型SiCオールジャパン構想を次世代自動車アプリケーションをベースに、日本パワー半導体産業の強化を図ろうとしている。AGDには、既に答えはある。
それは、勝敗も含めての未来シナリオである。
AGDは、「次世代低炭素化社会におけるSiC/GaNアプリケーション・システムの動向とITとET融合アプリケーション」報告書の中で、日本産業界がどう取り組むべきかを分析・戦略やソリューションなどの提言している。

▮新たな戦いの場「環境対応」SiCパワー素子で先手を打て
「環境に優しい(環境対応)」といううたい文句だけでは、技術/製品を普及させることは難しい。
多くの場合、ターゲットとする市場には、既存の技術/製品がすでに君臨しているからだ。
この既存技術/製品から市場を奪うには、価格対性能比(コスト・パフォーマンス)でも同等というハードルを越える必要がある。

しかし、このハードルを越える作業は、かなり困難だ。なぜなら既存の技術/製品は、これまで市場を構築してきた長い歴史の中で、性能が十分に高められていることが多いからである。
しかも、高い市場シェアを獲得しているため、生産規模が大きい。
従って製造コストは低い。
こうした背景から、さまざまな環境対応技術/製品が登場しては、ハードルを越えられずに消えていった。

こうした中で太陽電池(太陽光発電システム)は、まれな存在だといえる。
火力発電や原子力発電などといった既存技術が大きなシェアを獲得しているにもかかわらず、電力市場で徐々に出荷金額/数量を伸ばしているのだ。
ただし太陽光発電システムは、前述のハードルを自力では越えていない。
つまり価格対性能比(発電コスト)は依然として、火力や原子力などの発電技術を下回ったままである。

それでも太陽光発電システムが市場を獲得できた背景には、政府による補助金制度がある。
太陽光発電システムの設置時に導入費の一部を政府が補助することで、見掛け上の発電コストが引き下げられたわけだ。
従って、自力ではないが、ハードルを越えられた。
現在、日本政府による補助金は打ち切られた状況にあるが、ドイツやスペイン、米国などの政府は、多額の補助金を用意して、太陽光発電システムの普及に取り組んでいる。

▮次なる「環境に優しい」技術
太陽電池は、各国政府の補助金によって普及への道筋がついた。
今回は、太陽電池の次に普及させる施策を講じる必要があると当社が考える電子デバイスを紹介したい。

それは「SiC(炭化シリコン)パワー素子」である。

SiCパワー素子は、Si材料を使うパワーMOS FETやIGBT、ショットキ・ダイオードなどの置き換えを目指している。
Siパワー素子と比べた場合のSiCパワー素子のメリットは大きく3つある。
1つ目は、オン抵抗が小さいこと。
2つ目は、スイッチング時間が短いこと。
3つ目は、高温動作に適していることだ。
従って、DC-DCコンバータやインバータなどの電力変換装置に適用すれば、変換効率を高められる。すなわち電力損失を低減できるわけだ。
具体的な用途としては、電磁誘導加熱機器や電気自動車、ハイブリッド車、産業機器向け汎用インバータ、無停電電源装置、情報通信(IT)機器向け電源システム、エアコンなどの家電用インバータなどがある。

こうした電力変換装置にSiCパワー素子を適用した場合、どの程度の省エネ効果が得られるのだろうか。
エンジニアリング振興協会の試算によると、例えば、汎用インバータ市場の30%に相当する4100万台にSiCパワー素子が採用されると見込まれる2020年には、省エネ効果は9.96TWh/年に達する(下の図表:出典 AGD)。
CO2排出削減量に換算すると366万t/年、原油に換算すれば231万kl/年となる。
いずれも決して小さくない数字だ。
※この当社SiC予測資料は、松波先生や経済産業省幹部、産業総合技術研究所の方々が、SiCの国家プロジェクトを創出するため働きかけの資料として、活用されたものである。(AGD提供)
そういった点では、業界関係者は、どこかでこの予測を一度は目にしたことがあるのではないだろうか?

▮クラウド世界のIT機器向け電源を狙え
SiCパワー素子を適用することで、さまざまな電力変換装置の電力損失を低減できる。
しかし、電力変換装置が扱える電力量に応じて、SiCパワー素子の最適な構造が変わる。
例えば、1kW以下の小電力であればMOS FET構造、1kW~1MWの中電力であればIGBTなどのバイポーラ構造といった具合だ。
構造が違えば、異なる技術開発が必要になる。従って、狙うべきアプリケーションを明確に設定し、まずはそれに適した構造のSiCパワー素子を開発すべきだろう。

当社では、まず初めにIT機器向け電源システムに向けたMOS FET構造のSiCパワー素子に注力すべきだと考えている。
理由は2つある。
1つは、IT機器市場において電力損失の低減が急務になっていることだ。
現在、IT業界では、シン・クライアント化が進行中である†3)。このためデータ・センターに設置するサーバーや通信機器、ストレージ装置の台数やその処理能力が増加の一途をたどっている。
このデータ・センターの総消費電力が、その建物に供給可能な最大電力量に達してしまうという事態が起こり始めている。
従って、データ・センターの処理能力を今以上に高めるには、IT機器それぞれの消費電力を低減する必要がある。

もう1つの理由は、サーバーや通信機器などに向けた電源システムにおいて、国内の半導体/電源メーカーが比較的高い国際競争力を備えていることだ。
もちろん、ライバルとなる米国メーカーの中には国内メーカーを上回る技術力を有するところもある。
しかし、国内メーカーがSiCパワー素子を早期に採用して製品力を高めれば、その差を埋めることは十分に可能だろう。

▮いかにハードルを越えるか
ただしSiCパワー素子もほかの環境対応技術と同様に、製造コストが高いという課題を抱えている。従って、競合製品となるSiパワー素子に比べると価格対性能比が低い。

SiCパワー素子の製造コストが高い理由は、SiCエピタキシャル基板にある。
最近になって価格が下がってきたとはいえ、Si基板に比べて2けた程度高い。
しかも、量産されている基板の寸法は、3インチ型と小さい。
4インチ型や6インチ型といった大型基板の開発も進んでいるが、現時点では本格的な量産には至っていない。
基板の価格が高ければ、SiCパワー素子の価格も高くなる。
従って、省エネ効果が得られると分かっていても、電子機器メーカーは採用しづらい。
この悪循環を断ち切り、Siパワー素子と同等の価格対性能比というハードルを越えない限り普及は難しいだろう。

そこで当社では、太陽電池の普及に大きな役割を果たした政府による補助金制度をSiCパワー素子にも導入すべきだと考えている。
例えば、SiCパワー素子を搭載した電子機器の導入で削減できた電力消費量に応じて、税金を控除するといった制度が考えられるだろう。

現在、国内の半導体業界は、海外メーカーの攻勢に苦戦している状況にある。
そこで従来の「機能」や「性能」という戦いの場に加えて、「環境対応」という新たな戦いの場を作り出し、そこで先手を打つべきではないか。
SiCパワー素子に対する補助金制度は、そうした新しい戦いの場で優位に立つためのけん引力となるだろう。
『出典:EE TIMS JAPAN2007.5月号のAnalyst View』

※SiC関連記事
2007/10/1 半導体ウォッチ(3)電子立国ニッポン再生のカギは“SiC技術”だ
http://monoist.atmarkit.co.jp/feledev/articles/siliconeswatch/03/siliconeswatch03a.html


▮最新のSiC関連重要報道
経済産業省は5月20日、トヨタ自動車やホンダ、日産自動車など25社、団体と連携し、省エネ効果の高い次世代半導体を組み込んだ自動車の開発に取り組むと発表した。
自動車3社は2020年頃をめどに次世代半導体を搭載した電気自動車(EV)やハイブリッド車(HV)の本格投入を目指す。
経産省が日本企業の競争力を高めるため今年度から5年間で計約100億円をかけて取り組む。自動車メーカーのほか、日立製作所や東芝、三菱電機、半導体原材料を手がける新日本製鉄、デンソー、産業技術総合研究所などが参加し、「オールジャパン体制」で次世代半導体の実用化を目指す。
次世代半導体は「シリコンカーバイド」と呼ばれ、電気抵抗が小さく、電流の一部が熱に変わる損失を大幅に減らすのが特徴だ。
現在はコストが高く、供給体制も十分ではない。
『出典:読売新聞』

※SiC関連記事
省エネ材 産学官で量産技術確立 次世代半導体向け「SiC」
http://www.sankeibiz.jp/business/news/100531/bsc1005310502002-n1.htm

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